行事風景

音楽による祈り

どのような時に音楽を聴きますか?
わたしは、家事をしながらクラシック音楽をスピーカーから流すのが好きで、いろいろな楽曲が携帯に入っています。
その中でも、詩編を歌ったものや、バッハのマタイ受難曲、ヨハネ受難曲をこの四旬節には毎日聴いています。
マタイ受難曲は、マタイによる福音書の26-27章のイエス様の受難を題材に、
ヨハネ受難曲は、ヨハネによる福音書の18-19章のイエス様の受難を題材にした曲です。

スターバト・マーテル(ラテン語: Stabat Mater、「悲しみの聖母」「聖母哀傷」)をご存知でしょうか。
13世紀に生まれたカトリック教会の聖歌の1つだそうです。

Stabat mater dolorosa 「悲しみの聖母は立ちぬ」から歌詞が始まります。
中世以来、西洋音楽の多くの作曲家がこの詩に曲を付けていて、わたしはドボルザーク、ペルゴレージ、アルヴォ・ペルトのものが好きでよく聴いています。

カトリックでは、マリア様への信仰も大切にしています。
ヨハネによる福音書にだけ、イエス様のご受難に際し母としての悲しみの中にあっても最期に立ち会う姿が書かれています。
ヨハネだけが、十字架のすぐそばで「立っていた」マリア様の姿を書いています。

スターバト・マーテル=母は立っていた 

東京のカテドラル関口教会には、ヴァチカンのサン・ピエトロ大聖堂にあるピエタの同寸大のレプリカがあります。
数年前に訪れた時に撮った写真です。

 

ピエタとは、イエス様が十字架上で亡くなられた後、
マリア様がそのご遺骸を膝に受けてご苦難のあとを偲んだ、
その限りない母の愛を瞑想する姿を現したものです。

http://cathedral-sekiguchi.jp/cathedral/pieta/

十字架から降ろされた息子を膝に乗せて嘆いた、という記述は聖書にはありませんが、
ピエタに表現されているように、苦しんで亡くなった息子を抱いた母の姿は、
幼子イエスを抱く若い母の姿という正反対のイメージとともに、マリア様への信仰の象徴になっています。


詩はラテン語の強弱四歩格で書かれています。

少しご紹介します。

悲しみの母は立っていた
十字架の傍らに、涙にくれ
御子が架けられているその間

呻き、悲しみ
歎くその魂を
剣が貫いた

ああ、なんと悲しく、打ちのめされたことか
あれほどまでに祝福された
神のひとり子の母が

涙をこぼさないものがあるだろうか
キリストの母が、これほどまでの
責め苦の中にあるのを見て

悲しみを抱かないものがあるだろうか
キリストの母が御子とともに
歎いているのを見つめて

さあ、御母よ、愛の泉よ
私にもあなたの強い悲しみを感じさせ
あなたと共に悲しませてください

私の心を燃やしてください
神なるキリストへの愛で、
その御心にかなうように

どうかキリストの死を私に負わせ、
どうかその受難を共にさせ、
そしてその傷に思いを馳せさせてください

肉体が滅びる時には
どうか魂に、栄光の天国を
与えてください
アーメン

ご受難を扱った音楽を静かに流しながらお祈りするのも、お勧めです。
御復活祭まであと20日となりました。
イエス様のご受難と聖母マリア様の悲しみに心を寄せ、心静かに過ごしたいと思います。

 

七つの秘跡:Part5

最終回は、叙階の秘跡についてです。

3/21に大名町教会において叙階式が執り行われ、船津亮太助祭が誕生しました。
久留米教会出身ということで、わたしたち久留米の信徒も大勢でお祝いのため参列させていただきました!

叙階、これは召しだされた本人はもちろん、わたしたち信徒にとっても大きな大きなお恵みと喜びです。
まずは、今回のように助祭となり、次に司祭へ叙階され、3つ目は司教叙階です。

昨日のごミサでは船津助祭として、とてもキリッとした様子でジュゼッペ神父様の横でお手伝いされていました。

助祭は、ミサと告解はできませんが、洗礼を授けること、結婚式、葬儀の司式は執り行えます。

21日の様子を、たくさんの写真とともにお伝えします。

 

福岡教区の司祭団の入場

親族席も設けられ、ご両親はやや緊張の面持ち。
まさに、息子が神様と結婚する式!の様でした。

久留米教会の聖歌隊のみなさんも、朝早くから練習を重ね、上の階から素晴らしい歌声を響かせてくれました。
中には、感極まって涙ぐみながら歌われていた方もいらしたそうです。

宮原司教様の按手によって、助祭に叙階されます。

最初に船津助祭に神学校を勧め、召命のきかっけを作ってくださった
浦川神父様によってストラを着せてもらう様子。

引き続きミサが行われ、久留米教会の可愛い3人によって奉納の儀式が。

船津助祭、最初のごミサです!

最初にご聖体を拝領されたのは、ご両親。感無量だったのではないでしょうか。

馬渡島から駆けつけられたおばあ様のお手製の紅白まんじゅうが振る舞われました!

ご家族のみなさま、本当におめでとうございます!!

 

結婚の秘跡の際にも書きましたが、叙階は教会共同体と受階者の絆を確固たるものにするので、
結婚の秘跡とともに「交わりの秘跡」と呼ばれています。

宮原司教様が司式の際におっしゃった言葉が心に響きました。

「仕えられる者ではなく、仕える者として来られたキリストの
真の弟子としてのお恵みをお与えくださいました。」

「信者にも、信者でない者にも良い知らせを伝えて行ってください。
福音に奉仕しなければなりません。」

船津助祭がごあいさつで言われました。

「日曜学校の子どもが言った、『助祭は神様へのあといっこ』という言葉が、
なるほど、と心に残っています。

神様に少し劣るものとして作られたわたしが、
少しでも神様に近づけるように奉仕していかなけれはならないと思っています。」

叙階の秘跡を受けた司教や司祭たちは、教会の頭であるキリストの代理者として行動します。
キリストの現存を現す司教、司祭という役務を果たすからといっても、
これら役務者が完全無欠の人になるということではなく、
人間的な弱さもかかえながら神の民の奉仕のために尽力するのです。

https://www.pauline.or.jp/catechism/catechism107.php

 

本当に素晴らしいお恵みの一日でした。

召命を願って祈りましょう。

七つの秘跡:Part4

今回は、結婚の秘跡についてです。
3月10日に結婚式が執り行われました。
わたしも参列させていただきましたが、やはり教会の結婚式は素敵です。

最近は結婚式場に教会のようなチャペルが併設されている場合が多いので、
多くの方がキリスト教的な式を挙げられるのが普通のことになっていますね。
若い方々が教会での式に憧れるのは当然です。

だって、こんなに美しい!!

 

結婚は男女の交わりを強めるものであることから、叙階の秘跡とともに「交わりの秘跡」と呼ばれています。
結婚の秘跡を授けるのは、司祭ではなく夫婦同士です。
司祭は司式を執り行う立会人です。

式次第の後半に、誓約の儀の一連の流れがあり、誓いの言葉ののち、
指輪の祝福と交換が行われます。


新郎は司祭から新婦の指輪を取り、「この指輪は私たちの愛と忠実のしるしです」と唱えながら
新婦の左手の薬指にはめます。
続いて新婦も同様にして、新郎の左手の薬指に指輪をはめます。

指輪の円は継ぎ目なく続く永遠のシンボル。
それを神様の前で交換し、誓いをたてることで永遠の愛情を互いに約束するのです。

 

この、結婚指輪の風習は、カトリックが起源であることをご存知でしたか?
古くは、神様との誓いをたてた証しとして指に紐を結んだことに由来するそうです。

また、カトリック教会における結婚の秘跡は、どちらか一方だけが信者の場合、準秘跡とされています。
ヨーロッパなどのカトリック国では、信者が未信者と結婚することは原則としては認められておらず、
日本のように布教国である場合は認められています。
その場合、司祭が特別に許可をする『ディスペンザチオ』(ラテン語)=特別の免除が与えられます。

以前ご紹介した、ジブランの『預言者』に書かれている結婚について。

◆二人のあいだにも、自由な空間を置きなさい。
 そして、そこに、天からの風をそよがせなさい。

◆愛し合っていなさい。しかし、愛が足かせにならないように。
 むしろ二人の魂の岸辺と岸辺のあいだに、動く海があるように。

◆おたがいの杯を満たし合いなさい。
 しかし、同じひとつの杯からは飲まないように。

◆一緒に歌い、一緒に踊り、共に楽しみなさい。
 しかし、おたがいに相手をひとりにさせなさい。

◆一緒に立っていなさい。しかし、近づき過ぎないように。

深いですね。 

 

ここで、宮﨑神父様からのお願いです。
教会で結婚式をしたいと思われている方は、

①日程を決める前に神父様に相談に行ってください
②必ず、お二人揃って数回の結婚講座に参加してください。

大輝さん、綾乃さん、ご結婚おめでとうございます!

 

「信仰」とは何か。

四旬節が始まり、第一主日のごミサは、3人の司祭と2人の神学生と共にという贅沢なものでした。

 

神父様がたの祭服、ストラも、ご聖体が安置されている 祭壇の幕も紫色です。

カトリックに限らず、その行いの尊さ、素晴らしさ、社会に及ぼした影響などから、尊敬され続けている人は本当に多くいらっしゃいます。そこで、現在バチカンに正式に聖人として登録されている聖者は何人いるのだろう、と思い調べてみました。

結論。
「カトリック、ギリシャ正教合わせて1万人以上の聖人・福者がいるが、厳密に数え上げられてはいない」

ちょっと驚きでした。
聖人ではありませんが、今日はある一人の日本人についてです。

杉原千畝さんについては、ご存知の方が多いかと思います。
「数千人の命を救った男」というタイトルのホームページ、そして実際に記念館もあります。

http://www.sugihara-museum.jp/

リトアニアの日本領事館に押し寄せた、ナチスに追われて逃げてきたユダヤ難民たち。
日本政府が認めなかったのに、6千人もの難民にビザを発給した杉原千畝。

そこまではよく知られている話しだと思います。
でも、杉原が発給したビザは、あくまでも「日本を通過するためのビザ」であり、長くても10日間ほどしか日本に滞在できないものでした。
難民たちは、アメリカなどを最終目的地としており、その10日間の間に日本で目的地と交渉し、船便を確保するのは実際には不可能でした。

杉原の「命のビザ」を引き継ぎ、難民たちの日本での窓口となり、日本政府と様々な形で交渉し、ビザの延長を実現した日本人がいました。

小辻節三という人です。

杉原千畝と違い、彼のことはあまり知られていないようですし、記念館もありません。
かれは、のちにユダヤ教に改宗し、現在はイスラエルに埋葬されています。

「命のビザ」を繋いだ彼に興味を持ち、ほとんど日本には資料がない中、イスラエルやアメリカで資料を集め、取材を重ねて本にしたのは俳優の山田純大さん。
そう!
杉様(スギちゃんではなく、杉良太郎さん)の息子さんです!

命のビザを繋いだ男(NHK出版)

こうした背景があったことを、わたしは全く知りませんでしたので、大変興味深くこの本を読みました。

一見、カトリックとは関係のない話しのようにも感じられるかもしれません。
ですが、信仰を持つ人の行動はやはり何かが違う、と思ったのです。
プロテスタントの教育を受けて育った小辻氏でしたが、ユダヤ教に興味を持ち、実際にユダヤ人たちのために働いた彼の強い信念は、やはり「信仰」からくるものだったのではないでしょうか。

 

昨日のミサでは、来月受洗される方々の洗礼志願式が行われました。
信仰を持つことを決められた方々です。

 

わたしたち自らの信仰について考えを深める良い機会です。
「わたしの信仰とは何か。」
「何のためか。」
思い返してみましょう。

 

七つの秘跡:part3

今回は、洗礼の秘跡についてです。
みなさんは、いつ洗礼を受けられましたか?幼児洗礼?大人になって?結婚を機に?
よく、ミサの際に思うのです。
ここにいらっしゃる信者さんは、どんなきっかけで受洗されたのだろう?
どのようなエピソード、ストーリーをお持ちなのだろう?と。

そう思われたことはありませんか?

わたしの場合について、今日は書いてみたいと思います。
洗礼、これは本当に素晴らしい秘跡です。

キリスト教の入信の秘跡と呼ばれるものには3つの秘跡があります。
洗礼、堅信、聖体の秘跡です。
この3つの入信の秘跡が、私たちキリストを信じる者の生活全体の土台となっているものです。

 

これは、わたしが27年前のご復活の際に洗礼を受けた時の写真です。

平成3年、まだ昭和の香りがしますね!

代母は、出身高校のシスターにお願いしました。

今よりもずっと、ヴェールを着用している方が多いですね。

当時は久留米教会のステンドグラスもシンプルなカラーのガラスです。

わたしの隣は亡くなった母です。今のわたしの年齢よりも若いです!
(間瀬先生もお若い!!)

この時、21歳でした。
20歳の時、骨肉腫を患いました。
苦しい抗がん剤の治療も、大手術も、長い入院生活も、義足での困難なリハビリも、全く苦ではありませんでした。
なぜだかうまく説明できないのですが、若さと、単純で楽天的な性格のわたしは、「退院したら新しい楽しみを見つけなければ!」と考えていました。
それよりも、新宿の都庁の隣の高層病院の窓から見える大都会の景色の中に、どれだけの病院があって、どれだけの病気の方が苦しい思いをされているのだろう、とよく思っていました。

そんなわたしを、東京の姉妹校のシスター方がよくお見舞いに来てくださり、
「あなたは神様の子です。神様の子に間違いない!」
と、何度も言ってくださり、退院と同時に洗礼を受けるのはごく当然の流れでした。
わたしが小さいころから信仰を持っていた母の喜びは大変なものだったようです。

ギリシア語で「洗礼を行う」という「バプティゼイン」という言葉は、「沈める」という意味をもっている言葉です。
洗礼は、「聖霊によって、新しく生まれさせ、新たに造りかえる洗い」とも呼ばれるものです。
また、洗礼は、「照らし」とも呼ばれています。
洗礼を受けることによって、このキリストご自身のみことばを受け、照らされ、今度は洗礼を受けた人自身が、「光の子」となり、「世の光」となるのです。

参考

https://www.pauline.or.jp/catechism/catechism072.php

わたしは、本当に生まれ変わりました。
義足での新しい生活と、信者としての新しい人生が、同時に始まったのです。
あのような大きな病気をしてなければ、信者として生きる今のわたしはなかったと確信をもって言えます。

「世の光」「神のインフルエンサー」として生きる喜びは、秘跡としか言いようがありません。
数年前には、洗礼を受ける友人の代母となることもできました!

今年のご復活の前夜祭でも、久留米教会では数名の方が受洗されます。来週のごミサでは洗礼志願式が行われます。
新しく生まれ変わって「光の子」として歩まれる方々のために祈りましょう。