カテゴリ:ボランティア

死者への祈り

久留米には2か所の教会墓地があるのをご存じでしょうか。
新しいお墓の設置が中止され、教会内に納骨堂が増設されたこともあり、今は皆さま納骨堂をお選びになっています。

久留米教会の宣教100年を記念して作られた本によると、歴代宣教師のうち初代のソーレ神父様(1917年没)、3代目のフレスノン神父様(1936年没)、チリ司教様が眠っておられたのです。
(現在は和田墓地に移されていらっしゃいます。)

 

 

野中町の墓地の様子です。
遺骨はすべて納骨堂に移設されています。ほとんどのお墓は傾き、訪問者もほとんどないそうですが、こうしてお花を添えに通われているかたもいらっしゃいます。

次は、鳥飼にあるもう一か所の墓地です。
(墓地跡、というほうが正確かも。)

 

 

マリアの墓、と墓石にはありました。
こちらは、もうどなたも通ってこられている気配はありません。
それでも2か所とも久留米教会の有志の信者さんが定期的に草を刈り、除草剤をまき、通路を整備し、清掃してくださっていることで管理されているのが実情です。

 

みなさんはご自分の死後、遺骨をどうしてほしいか、ご家族などにお伝えになっていますか?

亡くなった母は生前、「教会の納骨堂に入れてほしい」と言っていましたが、実際には(仏教のお寺にある)我が家のお墓に眠っています。

理由は「父の希望」です。

父は毎朝、愛犬を連れてお墓にお線香を上げに行っています。
カトリック信者ではない父が「母に手を合わせる場所が欲しいから」として、お寺のお墓に納骨したのです。
(罪滅ぼしです)

この場合、母の希望よりも残された父の気持ちを優先したことは間違っていないと思っています。

長年連れ添った愛する妻サラを葬るために、アブラハムがお墓を造るための土地を買った話があります。

私はあなたがたのもとでは寄留者であり、滞在者です。
あなたがたが所有している墓地を譲っていただきたいのです。
そうすればこのなきがらを移して葬ることができます。
(創世記23・4)

残された者の義務として、私有の墓地にこだわったアブラハムの気持ちがよくわかります。

ローマ教皇庁では「遺骨を親族などで分骨してはならない」としているのですが、日本のカトリック協議会では風習も勘案して許可しているようです。
(注:最下段にリンク)

わたしは、NYと横浜に住んでいる妹たちに少し分骨して渡してあります。
彼女たちも「毎朝お茶を供えて祈る対象として」の分骨を希望したのです。

死者への祈りは、生者の務めであると同時にわたしたちの希望する追悼の形でもある気がします。

死者はそこにはいない、いつもわたしたちとともにいるとわかっていても、わたしたちはどこか定位置を決めて手を合わせることで心が落ち着くのを感じることが出来るし、死者を「追悼している雰囲気」を大切にしているのです。

遺骨のないお墓、聖墳墓教会では毎日ものすごい数の巡礼者が『お墓参り』に来て祈っていました。
(今は閑散としているのでしょうか。)

 

毎日、それぞれの宗派が決められた時間にミサや礼拝を捧げています。
(ほとんど一日中、次々と、です!)
カトリック、東方正教会、アルメニア使徒教会、コプト正教会、シリア正教会の複数教派による共同管理の「イエス様のお墓」なのです。

お墓(納骨堂)という場所は、死者のためではなく残された生者のために必要なものであることが実感できます。

草が生い茂って苔が生えたまま放置されている墓石では、眠っている死者に失礼だ、というよりも、わたしたちがいたたまれない、落ち着かない気持ちになります。

こうして教会の墓地を管理してくださっているボランティアの方がいらっしゃること、心に留め於いてくださいませ。

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*現在、久留米教会の納骨堂は、ご入場いただける時間と人数が決まっています。
 蜜をさけるため土日はお入りいただけません。
 平日の開館時間に、一度に2人まで(もしくはひと家族のみ)でお祈りをお願いしています。

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参考:教皇庁教理省『死者の埋葬および火葬の場合の遺灰の保管に関する指針 (Ad resurgendum cum Christo)』の日本の教会での適応について
https://www.cbcj.catholic.jp/2017/07/20/14105/

 

知ることと実践

25日のミサの中で、9人の赤ちゃんの幼児洗礼式が執り行われました。

 

この子たちのためにも、真に平和な世界を求めて行動できる大人でありたいものです。

 

10/20にローマで諸宗教指導者らによる平和の集いが行われました。

この集いは、1986年、聖教皇ヨハネ・パウロ2世が招集したアッシジでの平和祈祷集会の精神にのっとり、平和のために祈り、諸宗教間の対話を促進するために、聖エジディオ共同体が毎年開催地を変えながら行っているもの。

 

 

教皇フランシスコをはじめ、エキュメニカル総主教府のバルトロメオス総主教、ユダヤ教、イスラム教、仏教、ヒンズー教など、諸宗教の指導者が参加されました。

インスタグラムで見て知ったのですが、バチカンニュースとインスタグラムの他はテレビなどで報道されたのかどうかわかりません。
こうした様々な宗教指導者の連帯の言動に大変興味があります。

この意義深い集いは「誰も一人では救われない‐平和と兄弟愛」をテーマに開催されました。

このニュースはぜひ多くの方に見て知っていただきたい!
日本からも曹洞宗の指導者の方が参加され、スピーチをされています。

世界には様々な宗教が存在します。
同時に、世の中には「なんの宗教も信じていない」人が多く存在します。

だとしても、こうした試みがあることを知ることも大切なことだと思います。

https://www.vaticannews.va/ja/pope/news/2020-10/incontro-per-la-pace-in-campidoglio-20201020.html

集まったことに意味があるのではありません。

この集いに参加された各指導者たちが、どのようにそのことを各信徒たちに伝え、ともに実践していくかにかかっていると思います。
なぜなら、「真に平和な世界」は実現されたことがないからです。

人々の間に諍いがなかった時代はあるでしょうか。
戦争やテロだけではなく、わたしたちの日常にはいつも祈りと争いが併存しています。

平和は取り戻すものではない、人間が真に求めているのは争いのない世界のはずなのに。

「Enough!」

 

フードドライブという活動があります。

カトリック教会、プロテスタントの教会、仏教のお寺の信徒が協力して、家庭で眠っている食材を毎月第4金曜・土曜に集め、コロナで生活が困窮している方やホームレスの方など必要としている方々に配布する、という実践活動です。

今月は10/23.24の2日間、食材を持ち寄っていただく活動が開催されました。

 

 

知ることが、まず大切ですね。
知らなければ、なにも始まりません。
そして、自分にできることを実践することができたら。

 

神のインフルエンサー

今年の11月に広島、長崎、東日本大震災の被災地を訪問されることを表明されているパパ様。
もちろんお目にかかったことはないのですが、以前もご紹介したように、ツイッタ―でのお言葉を毎日聞いているので、とても身近に感じているのはわたしだけではないのではないでしょうか。

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その「はい」という答えで、マリアは史上もっとも影響力のある女性となりました。
ソーシャル・ネットワークなしで、マリアは最初の「インフルエンサー」、神の「インフルエンサー」となりました 。
With her “yes”, Mary became the most influential woman in history.
Without social networks, she became the first “influencer”: the “influencer” of God.

神のインフルエンサー!!
このツイートはとても印象的でした。
わたしが目指しているのはこれだ!と。

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人生を上手に航海する秘けつは、イエスが船に乗ってくれるよう招くことです。
イエスに、人生の舵を渡すべきです。
そうすればイエスは道を示してくださいます。
The secret to navigating life well is to invite Jesus on board.
The helm of life should be given to Him, so that He can direct the route.

イエス様に人生の舵を渡す。
なんとわかり易い言い回しでしょうか。

 

久留米教会の信徒の中にいろいろな奉仕活動をされている方がいることは度々ご紹介していますが、
炊き出しボランティアに参加していらっしゃる方も。
NPOホームレス支援久留米越冬活動の会というNPO法人が主催するボランティアで、代表はプロテスタントの信者の方です。
キリスト教の各教会、仏教のお寺が持ち寄り(すべて寄付された食材)で炊き出しされています。
シスター、若い信愛学院学生、元ホームレスの方の参加もあるそうです。

 

「人生を上手に航海する」

その航海することそのものが困難な方が多くいらっしゃるのも現実です。
炊き出しボランティアのことを伺うまで、久留米にそんなに多くのホームレス生活の方がいるとは全く知らず、大変なショックを受けました。
4~11月は月1回の炊き出し(小頭町公園にて)とパトロールの夜回り、12~3月は月2回の炊き出しと夜回りが行われています。


上智大学が2017年12月に主催した「教皇フランシスコと話そう」という企画でのパパ様のご発言を、少し抜粋してご紹介します。

「宗教というのは、創造された『劇』ではないということです。
宗教というのは、もともと人間の心が持っているもの。
あらゆる宗教は人を成長させます。他者のために奉仕しない人は、宗教的な人とは言えない。
ただ単純に何かの見返りを求める人なのでしょう」
そして、ガンジーや、長崎で被爆しながらも救援活動を行ったクリスチャン医師の永井隆博士、多くのユダヤ人を救った杉原千畝を例にあげ、
「これらの人々は、宗教によって成長した人々。
宗教は人を、他者に奉仕する人に成長させる。
キリスト教の啓示とは、神を信じ、他者のために奉仕するということ」

https://www.christiantoday.co.jp/articles/24986/20171226/sophia-university-pope-francis.htm

キリスト者として生きるわたしたちは、他者への思いやり、奉仕の精神を実践することが大切だと改めて気づかされます。
本当の意味での「神のインフルエンサー」としての生き方を目指していきたいものです。

 

熊本地震の復興支援・田植え

熊本地震から2年が経ちました。それ以来、福岡教区でも、当時の久留米教会主任司祭であった森山信三神父様を筆頭に復興支援ボランティアが続けられてきました。

昨年に引き続き西原村にて、久留米教会の信徒も参加して70名ほどで田植えのお手伝いをしてきました。

地元の方がいろいろと準備をしてくださり、心温まるおもてなしまで受け、子どもたちとともに賑やかに楽しい一日でした。

 

田植え20180610-1

田植え20180610-2

 

田植え20180610-3