みこころレター
広報誌:みこころレター第16号
『一意専心』の信仰
主任司祭 宮﨑 保司
師走を迎え、この一年を振り返るとき、お世話になった恩人(2人)の葬儀を執行したことは悲しい思い出になりました。しかし、社会に目を向けると感動と勇気を貰った出来事もありました。ドジャースの大谷選手が野球界において世界記録を次々に塗り替えたことです。
『一意(いちい)専心(せんしん)』という諺がありますが、その意味は他に心を向けないで一つのことに心を集中し練習に励むことです。スポーツの世界で優勝もしくは上位に入賞を果たすためには、一意専心して練習に励むことが不可欠だといわれています。また、同じ四文字熟語の諺で『一粒万倍』という諺もあります。一粒の種が多く実を実らせるように、毎日の努力、練習が、やがて一粒万倍の結果となるという意味です。
それに対して『桐壷源氏』いう諺は反対の意味で使われます。かの有名な紫式部作・『源氏物語』から来ているといわれています。54帖からなる長編物語である『源氏物語』の第一帖は『桐壷』、つまり桐壷の帝(みかど)の悲恋と光源氏の12歳までのことが書かれています。そこだけを読んで『源氏物語』を終ってしまうことから、 あきっぽい人、移り気が早い人のことを言います。
ところで、わたしたちの日頃の信仰生活を振り返るとき、一意専心して教会や聖書の教えを守り、己の信仰を磨いているか反省することが必要かもしれません。聖書に『主の日は盗人のようにやって来る』(2ペトロ3章10節)また、『人のいのちは草のよう、あしたには花開くが、夕べにはしおれて枯れる』(詩編90章)とあります。
わたしたちは誰も自分の最後(死)を知ることはできません。それ故に、いつ主に召されても『永遠のいのち』を得るにふさわしい信仰生活を、日々、実践することが最も大切なことを忘れないようにしたいものです。 最後に、「何処を切られても金太郎飴」のような信仰生活の日々を生きたいものです。
2025年12月20日
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みこころレターVol.16を発行しました。
聖堂に置いておりますので、様々な事情で教会に来ることのできない方々にも、ぜひお渡しください。