主任司祭の紹介

コロナ禍の信仰

1979年10月に司祭に叙階され、神言会日本管区が担当する4教区(東京、名古屋、長崎、新潟)いずれの教区でも働きました。
久留米に赴任してから2022年4月で6年目となります。

新型コロナウィルスが全国的に知られるようになったのは、2020年2月、クルーズ船ダイヤモンドプリンセス号が横浜港への寄港を拒否されたことにあったと思います。パンデミックによって、これまで人類が経験したことの無い致死率の高い感染症であることが明らかになりました。現在、ワクチンの接種によって感染率は抑えられるようになりましたが、感染予防のための努力義務は続けられているのが現状です。
人類の長い歴史の中でこれまでも感染症によるパンデミックは起こり、各時代ごとに医学的、科学的治療法をもって何とか克服されて来ています。今回の感染症もやがて克服される時が来ることを願わずにはおられません。

さて、このウィルスと対峙するにあたって、私たちは改めて『死』について、また、『死後の世界』について黙想することが求められ、不動の信仰を自覚するよう促されているのではないかと思います。「目覚めていなさい。あなたがたはその日、その時を知らない。」(マタイ24・13)と聖書も、感染症の脅威があろうとなかろうと、私たちはいつ召されるか誰も知らないと記しています。それ故に、私たちが真に恐れなければならないのは、生理的(身体的)死よりも霊魂の永遠の死、滅びであることを、しっかりと銘記しておくことが重要なことだと思います。

これまでの私の42年間の司祭生活を振り返るとき、常に力づけられ希望を与えてくれる聖句は、「恐るな、安心しなさい、あなたの信仰があなたを救った」と言われたイエスのみことばです。特に、突然死(不慮の死)に遭遇された信者さんたちの葬儀に立ち会ったとき、これは彼らに向けられたみことばであると解する度に、大変慰められます。

最後に、コロナ禍にあって、「神よ、あなたはわたしを心にかけ、わたしのすべてを知っておられる。~神のはからいは限りなく、生涯わたしはその中に生きる。」この詩編139は、私たちを恐れと不安から解放してくれる祈りとして、日々、唱えることをお勧めいたします。

2021年12月

主任司祭 宮﨑 保司