カトリック久留米教会

 

 

新着情報
《ミサの諸注意について》 1.各時間のミサの定員を120名としますので、達しましたらご入場いただくことはできません。 2.病気、基礎疾患のある方の参列は、お控えください。 3.通常、行っている以外の教会に行くことはご遠慮ください。 4. ミサに与る際には、次のことを徹底してください。 ① 前方の席をご利用ください。椅子には、2名まででご着席ください。 ② マスクを着用、手指の消毒、手洗いをお願いいたします。 ③ 典礼聖歌集等には、お手を触れないでください。 5.修道院でのミサ(木~土)は非公開のミサになっており、一般信徒は参列出来ません。   《聖堂開放について》 1.平日の聖堂開放時間は、12:00~16:00です。 2.聖堂の出入り口は、正面左側のドアのみといたします。 3.聖体訪問、お祈りをされるときは、前方の席をご利用ください。   皆さまのご理解とご協力をお願いいたします。 カトリック久留米教会
6月1日より、公開ミサを再開いたします。 1.病人、基礎疾患のある信者の主日のミサにあずかる義務は免除されます。 2.通常行っている以外の教会に行くことはご遠慮ください。 3.主日のミサは、地区ごとに分けての参列とします。  各自、1~4班の主日のミサの時間を順守してください。 4.公開ミサに与る際には、次のことを徹底してください。 ① 3蜜を避けるため、主日ミサの時間を地区ごとに分け、1回の入場数を120名迄とします。    土曜19:00、日曜6:30のミサは、入場数の制限のみとします。   聖堂に入る際は、係の指示に従ってください。  6月7日(日)     9:00=1班・2班      11:00=3班・4班  6月14日(日)    9:00=2班・3班  11:00=4班・1班  6月21日(日)    9:00=3班・4班  11:00=1班・2班  6月28日(日)    9:00=4班・1班  11:00=2班・3班 ② マスクを着用、手指の消毒、手洗いをお願いいたします。   詳細について、以下の書面をよくご理解いただいた上でご参列くださいますようお願いいたします。 カトリック久留米...
もう、紫陽花の季節になりました。 わたしたちの新しい生活が進むにつれ、季節も神様が与えられたその時を知っていて、前に進んでいるのですね。   「神はどこにいるのか」という問いは、人類がこれまで繰り返し問うてきたように思います。 特に、困難な時代、戦争、大規模な自然災害の際には、神はどこに?とつい思うのが人間でしょう。 神がそれらの困難を引き起こしているのではない、我々人間の仕業、傲慢な生活の末に我々自身が引き起こしているのだ、ということについては以前ここに書きました。 今日は、違う視点から考えてみます。   モーセは荒野の山の麓で、燃える柴の中から神の声を聞きます。 「わたしの民イスラエルの子らをエジプトから導き出せ」 (出エジプト3・10) 「わたしは必ずお前とともにいる」 (3・12) 「わたしは『ある』ものである」 (3・14) 「これは永遠にわたしの名、これは代々にわたってわたしの呼び名である。」(3・15)   古代の神々には、名前があるのが普通でした。 黄泉の神イシス、太陽の神ラー、嵐の神バアル、などです。 ですからモーセは、あなたの名前を教えてください、と言ったのでし...
「愛」「愛する」という言葉は、口にすると少し気恥しい気がしますが、最近いくつかの「愛」にまつわる言葉を目にしたので、書いてみたいと思います。 5/17「世界広報の日」にあたっての教皇様のメッセージの一文です。 わたしたちを造り、救ってくださった愛を思い起こすなら、日々の物語の中に愛を差し込むなら、日常の筋書き〔横糸〕をあわれみで織るなら、そのときわたしたちは、ページをめくっているのです。 主とともに、ほころびや裂け目を修繕しながら、いのちの織物を再び織り上げることができるのです。   パパ様のメッセージはいつも愛に満ちていて、読んでいて涙が溢れそうになります。   1コリント13章は、パウロの愛の賛歌とでも言えるもので、とても好きな箇所です。 たとえ、わたしが人間の異言、み使いの異言を話しても、愛がなければ、わたしは鳴る銅鑼、響くシンバル。たとえ、預言の賜物があり、あらゆる神秘、あらゆる知識に通じていても、たとえ、山を移すほどの完全な信仰があっても、愛がなければ、わたしは何ものでもない。(13・1~3) 「その時」引き続き残るのは、信仰、希望、愛、この三つ。このうち最も優れているのは、...
05/11
聖書
ロザリオを手に、マリア様への祈りの毎日です。 ベツレヘムで買ったロザリオとマリア像です。 これがあるので、無敵の気分です。 そして、昨日の母の日の久留米教会の様子です。   ガリラヤ湖畔の小さな集落、タブハというところに、その名も『パンと魚の奇跡の教会』があります。 4つ全ての福音書に書かれている、5つのパンと2匹の魚で5000人の男性(女性と子どもはカウントされていないので、膨大な数の人々、という意味)の飢えを癒した奇跡を記念した教会です。 英語名は、Church of Multiplication of the Loaves and the Fishes 昨年の巡礼で訪れた際の写真です。(ピンボケですみません。。。)      よく見ると、魚にはなく、パンにだけ十字架のしるしがあるのがご覧いただけると思います。 わたしが命のパンである。わたしの所に来る者は、決して飢えることがなく、わたしを信じる者は、もはや決して乾くことがない。(ヨハネ6・35) わたしは天から降ってきた、生けるパンである。コのパンを食べる人は永遠に生きる。(ヨハネ6・51) わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む人は永遠の命を得、わたしはその人を終わりの日...
0 0 2 5 0 7 4