カテゴリ:待降節
生き方の指針
待降節が始まりました。
今年も、自称「若手の女性信徒グループ」でアドベントクランツを作りました!
フランシスコ教皇様が、東京での青年の集いでおっしゃいました。
「どんな複雑な状況でも、自己の行動において、公正で人間的であり、
責任を持ち、決然とし、弱者を擁護する誠実な者になってほしい。」
上智大学の学生たちとの交流の際には
「必要とされる誠実な人でありなさい。」
長崎でのごミサのお説教では
「わたしたちの信仰は、生きる者たちの神への信仰なのです。
キリストは生きておられ、わたしたちの間で働かれ、
わたしたち皆をいのちの充満へと導いておられます。
キリストは生きておられ、わたしたちに生きるものであってほしいと願っておられるのです。
キリストはわたしたちの希望です。」
使徒的勧告「キリストは生きている」に書かれている
「キリストは生きておられる」というお言葉を直接教皇様からお聞きできた時は、感動で心が震えました。
イエス様が示されたことの一番の、そして根幹ともいえる教えは
「その場で最も弱い立場の人に手を指し伸べる」ということでしょう。
カトリックでは大回勅の中で、「七つの良い行い」という形で示されています。
・飢えている人に食べさせること
・乾いている人に飲み物を与えること
・着るものを持たない人に衣服を与えること
・宿のない人に宿を提供すること
・病者を訪問すること
・受刑者を訪問すること
・死者を埋葬すること
マタイの福音書25・31~40に出てくるお話に基づいています。
東京ドームのごミサではこうおっしゃいました。
「キリスト者の共同体として、わたしたちはすべてのいのちを守り、あかしするよう招かれています。
知恵と勇気をもって、無償性と思いやり、寛大さとすなおに耳を傾ける姿勢、
それらに特徴づけられるあかしです。
それは、実際に目前にあるいのちを、抱擁し、受け入れる態度です。
(教皇様と船津助祭の貴重なお写真2枚は、バチカン公式ホームページより)
パパ様が日本に残してくださった多くの言葉の中から
みなさんも「生き方の指針となる、心に刻んでおきたい教え」を読み取ってください。
高見大司教様が記者会見でおっしゃいました。
「教皇の言葉にどう納得して、どう動くのか。
一人一人が考えないといけない。」
パパ様の各地でのお説教、講話は、すべてカトリック中央協議会のホームページに掲載されています。
待降節をより有意義に過ごせますように。
喜びの主日
なんてステキな呼び名でしょう!
喜びの日に相応しく、待降節第3のロウソクはピンクが灯されました。
今日に合わせ、ピンクの実が追加されています。
みこころレターのこと、ホームページの記事のことを褒めてくださったり感想を聞かせてくださる方が何人も声をかけてくださり、嬉しい日曜日の朝だわ、と思っていたら。
ジュゼッペ神父様の最初のお言葉が
「今日は喜びの日曜日です。
主があなたたちの内に、あなたたちと一緒におられ歩んでおられることを喜びなさい。」
喜びその1
日曜学校の子どもたちが、いつも神父様に教わっていることをいつくか、わたしたちにも聞かせてくれました。
「朝昼晩、神様に感謝しましょう!」
「毎日何回も、ありがとうを言いましょう!」
大人も大切にしなければならない習慣ですね。
喜びその2
青年会という20名ほどのグループがあります。高校生以上の若者たちが、クリスマスミサで披露するハンドベル演奏の猛練習中です!
(メンバーのIさんは、わたしが洗礼を受けたときに一緒に幼児洗礼を受けたのです。
こんなにステキな女性に成長して、感無量です(涙))
今日は、ミサの後、馬小屋の飾り付けをしてくれました。
そして、完成‼︎
喜びはいつも、そこにあります。
神様がいつも横にいてくださるのと同じように。
待降節、新しい1年の始まり。
典礼暦では、待降節から新しい1年がスタートします。
久留米教会でも、アドベントの飾りつけを始めました。
これは、待降節の間、毎週1本づつ灯すロウソクを立てるためのもので、
ラテン語で、アドベントゥス クラントゥスと言います。
毎年、一人の有志の方が素敵なものを作ってくださっていたのですが、
今年からは、わたしたち(Team40代!)が担当させていただくことになりました。
こちらは、去年のもの。
完成度が高く、とてもこんな風にはできませんでした。(^_^;)
それでも、神様を感じながら、戴いた役割を楽しみました。
「どんなことであれ、あなた方のうち二人が心を一つにして地上で願うなら、
天におられるわたしの父はそれをかなえてくださる。
二人また、三人がわたしの名によって集まっているところには、わたしもその中にいる。」
マタイ18・18~20
この聖書の言葉を思い出さずにはいられませんでした。
「今年から、作るのをお願いできない?」と言われた時、わたしたちはとても嬉しく、
「ほかにもお手伝いできることがあれば、なんでも言ってください!」
と、誰もが口を揃えて言うことができました。
久留米教会にはいろいろな役割があり、お手伝いしてくださる方が必要です。
力仕事は20代の「青年会」のみなさんにお願いしています。
バザーをして、収益を支援が必要なところへ送ってくださる
「ピースナインの会」「女性の会」「フィリピンコミュニティ」の方々。
掃除やイベントの裏方をやってくださる「ヨゼフ会」の男性方。
花壇のお手入れをしてくださっている「女性の会」の方。
ごミサの時、初めて来られる方に案内をしてくださる「教会学校保護者会」の方。
教会の備品を管理してくださっている「役員」の方。
教会学校担当、納骨堂委員、営繕委員、広報委員など。
いろいろな方が、快く役割を担ってくださっていることで成り立っているのが教会です。
その方々すべてに、神様のお導きがあります。
「主は彼らの前を行き、彼らが昼も夜も進むことができるよう、
昼は雲の柱をもって彼らを導き、夜は火の柱をもって彼らを照らされた。
昼は雲の柱、夜は火の柱が、民の前から離れなかった。」
出エジプト13・21~22
モーセが民を率い、エジプトから紅海に向かう時の様子を書いた箇所ですが、
わたしはこのくだりがとても好きです。
誰もが、神の導きによって、昼も夜も迷うことなく前に進めるように、
という神様の愛を連想します。
わたしたちは、教会、家庭、職場、地域社会などでさまざまな役割を担っています。
待降節の期間、今年の残りの日々、周囲の人々への優しさと感謝の気持ちを大切に。
そして、どんな時も神が導いてくださっている、ということを忘れないように過ごしたいものです。