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四旬節が始まって聖堂が解放されているのと、宮﨑神父様のお顔も見たかったので、久しぶりに教会に行ってみました。 やはり、お御堂でお祈りすると心が落ち着き、一種のリフレッシュの効果があります。 ................................................... 有名人であれば、言ったこと(たとえそれが過去の発言でも)、行動(何十年前のことでも)が「現代の規範からすると間違っている」と誰かが判断したら、瞬く間に世界中に広まり、見知らぬ多くの人から非難され、謝罪を要求され、精神的にも追い詰められ、仕事を失う。 それが現代社会です。「過去であろうと過ちは絶対に許されない」のが今の世の中です。 たとえば、昨年のアカデミー賞授賞式の司会に決まっていた人は、何年も前にツイッターで人種差別的な発言をしていたことを掘り起こされ、司会者を辞退するまでに追い込まれました。「今の自分は変わった。過去の失言を恥ずかしく思う。」そう謝罪しても時すでに遅し、でした。 周囲の人にしょっちゅう失言したり失礼な態度をとってしまうわたしは、その基準からすれば誰からも許してもらえなくなるのでは、、、。 「裁くな」「おが屑と丸太」「自分...
聖ジュゼッピーナ・バキータの日、2月8日「人身取引反対のための祈りと考察の日」のパパ様のインスタグラムです。   フランシスコ教皇のインスタグラム、ツイッター、ヴァチカンニュースを毎日チェックしています。信仰生活に役立つことばを探すためだけではなく、パパ様の発言・発信されることは世界の問題に目を向けさせてくれるからです。 以前からラウダート・シなどで警鐘を鳴らし続けてこられている環境破壊の問題についても、インド北部で発生した氷河崩壊によって川の氾濫が起きたという衝撃的なニュースはわたしたちに恐怖を感じさせます。(北極の話ではないのです。わたしはインドで氷河が崩壊するなど想像できませんでした。) 一方で、人身売買や人種差別、キリスト教徒の迫害。こうした問題は、日本人にとってはあまり現実的なこととして捉えられないのではないでしょうか。 コロナウィルスの感染についても「身近にいないから」という理由で現実味を感じないという日本人が多いと聞きます。2月12日の統計では世界で1億750万人以上が感染し、236万人以上の方がこのウィルスによって亡くなっています。ワクチンを開発した欧米ではワクチン接種が進...
福岡教区の兄弟姉妹の皆様 四旬節にあたって 主は言われる「今こそ、心から私に立ち返れ」(ヨエル2・12)今年は、新型コロナウィルスのパンデミックの中にあって、四旬節をどのように過ごすことになるのでしょうか。緊急事態宣言は、県によって解除される日が違います。ある教会では、残念ながら灰の水曜日の典礼を行うことができないかもしれません。四旬節の早いうちに緊急事態宣言が解除されることを期待します。 こういう状況の中で、灰の水曜日の典礼で朗読されるコリントの教会への手紙にあるパウロのことばを、わたしたちはどう受け止めればいいでしょうか。「今は、恵みの時、今こそ、救いの日です」(Ⅱコリント6・2)この「今」は、わたしたちが自分の弱さを感じ、不安のうちに過ごしているこの時です。多くの人たちがウィルスの感染によって命を奪われ、また多くの人たちが様々な困難に直面しています。こういう時に、苦しんでいる人たちに奉仕する人々の姿はわたしたちに希望をもたらします。人類の歴史に残るであろうこの時を、どのようにして「恵みの時」として、また「救いに目と心を向けさせる時」として過ごすことができるでしょうか。 灰の水曜日の...
パソコンで仕事をし、スマホでやり取りをする日常。実際に字を書くことは本当に少なくなりました。わたしの場合、『お恵みノート』と自分で呼んでいるノートに、今日感じたお恵みを書き記す習慣を長く続けていて、字を書くのはそれくらいかも。 この教会のホームページにこうして書いていることにはわたしなりの意味があります。 学んだこと、知ったこと、お伝えしたいことを多くの方にご紹介したい。信仰を深める一助となれば。教会に感心を持っていただけるきっかけになれば。久留米教会の出来事を記録として残し、またいつでもどなたでも読んでいただけるものとして。 宮﨑神父様が「自由に書いていいよ」と言ってくださるので、お言葉に甘えて色々なことを。   なぜ文字ができたのでしょうか。 世界最古の文明発祥の地、古代メソポタミアで楔形文字が考案されたのはBC3000ごろとされています。 今から5000年以上も前、メソポタミアではシュメール文化が起こり、少し後にはインド・パキスタンでインダス文明が起こり、その後にはエジプトでは古代王国が栄えてギザには大ピラミッドが建設されました。同時期の日本は縄文時代後期! 考案したのはシュメール...
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その他
先日、ある神父様といろいろなお話をしました。その中でも、多くの方と共有したいと思ったテーマは、「エジプトに戻ることばかりを考えちゃいかん!」ということです。 現在の世界の状況をよく見て、考え、理解するならば、「元の世界に戻る」ことが幻想であると気づくはずです。「元の世界」とはすなわち、ウィルスの感染に怯えることなく、自由に、計画したとおりに、楽しみを追い求め、安定した、そうした生き方ができることです。 わたしたちは知っています。自由を求めて、労働の代わりに食事に事欠くことのなかったエジプトから脱出した民が、荒野での生活に嫌気がさし「エジプトの方が良かった、エジプトに戻りたい、元の生活に戻りたい」と訴えていたことを。王に隷属させられ自由がなかったエジプトでの生活から出て、安定を捨てても神に仕えることを選んだことを忘れてしまった民のことを。 わたしたちは分かっています。苦難は「40年」続くことを。40年とは数字通りの年数ではなく、長い時間がかかるという意味だと。長い年数をかけて、苦難を噛みしめて乗り越えていかなければ得られないことがあることを。 数年で元に戻したい、そういう感覚で生きていく...